司馬遷に遼かに及ばず・(* ̄◎ ̄*)

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司馬遷に遼かに及ばず


司馬遼太郎さんの名前の由来は、『史記』を書いた中国の歴史家の司馬遷に由来するという。
「司馬遷に遼かに及ばず」の意味だとか。

う~ん。
たしかに司馬遼太郎さんはインタビューにそう答えたのかもしれないけど、
それは洒落というものだ。
真に受けて、プロフィールに書くことはないでしょ?

ところで、司馬遼太郎さんの本名は、福田定一さん。
司馬遼太郎さんいよると、「福田」という苗字は、浄土真宗の宗徒に多い苗字なんだって。
親鸞聖人が開いた宗派だね。
司馬良太郎さんの実家も、浄土真宗だったそうだ。
そう言えば、司馬遼太郎さんが浄土真宗のことを書くとき、どこか暖かいものを感じるね。

[司馬遼太郎さんの長編小説]
梟の城(1959年9月、講談社)
上方武士道(1960年11月、中央公論社、『花咲ける上方武士道』に改題し、1996年、中央公論社)
風の武士(1961年5月、講談社)-江戸時代、伊賀同心の末裔、柘植信吾を主人公にした伝奇小説
戦雲の夢(1961年8月、講談社)
風神の門(1962年12月、新潮社)-桃山時代~江戸時代初期、霧隠才蔵
竜馬がゆく(1963 - 66年、文藝春秋新社)
燃えよ剣(1964年3月、文藝春秋新社)
尻啖え孫市(1964年12月、講談社)-安土時代、雑賀鉄砲衆を率い織田信長に抗した雑賀孫市を描く
功名が辻(1965年6、7月、文藝春秋新社)
城をとる話(1965年10月、光文社)
国盗り物語(196511月 - 66年7月、新潮社)
北斗の人(1966年11月、講談社)
俄 浪華遊侠伝(1966年7月、講談社)-幕末の侠客、明石屋万吉の視線より大阪庶民からの幕末を描く
関ヶ原(1966年10 - 12月、新潮社)
十一番目の志士(1967年2月、文藝春秋)
最後の将軍(1967年3月、文藝春秋)
殉死(1967年11月、文藝春秋)-日露戦争で武勲を挙げたが明治の終焉とともに自殺した、乃木希典を描く
夏草の賦(1968年1月、文藝春秋)
新史太閤記(1968年1月、新潮社)
義経(1968年5月、文藝春秋)
峠(1968年10月、新潮社)-幕末~明治維新、河井継之助
宮本武蔵(1968年、朝日新聞社『日本剣客伝』収録)
坂の上の雲(1969年4月 - 72年9月、文藝春秋)
妖怪(1969年5月、講談社)
大盗禅師(1969年7月、文藝春秋)-由比正雪、鄭成功。大濤禅師の幕府転覆・明帝国再興の企みを、主人公浦安仙八を中心に描く幻想小説。
歳月(1969年11月、講談社)- 幕末~明治維新、江藤新平
世に棲む日日(1971年5 - 7月、文藝春秋)-幕末、吉田松陰、高杉晋作
城塞(1971 - 72年、新潮社)-江戸時代、大阪冬の陣、大阪夏の陣を描く
花神(1972年8月、新潮社)
覇王の家(1973年10月、新潮社)-安土桃山時代、徳川家康
播磨灘物語(1975年6 - 8月、講談社)
翔ぶが如く(1975 - 76年、文藝春秋)
空海の風景(1975年10月、中央公論社) - 空海
胡蝶の夢(1979年7 - 10月、新潮社)-幕末、松本良順
項羽と劉邦(連載時は「漢の風 楚の雨」。1980年6 - 8月、新潮社)-秦~漢、項羽、劉邦
ひとびとの跫音(1981年7月、中央公論社)
菜の花の沖(1982年6 - 11月、文藝春秋)
箱根の坂(1984年4 - 6月、講談社)
韃靼疾風録(1987年10、11月、中央公論社)-明末、清の勃興を一日本人桂庄助の目を通して描く
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